作品展「シンパシー」終了しました。@シルトパットギャラリー(東京、仙川)

ESSAY
私は数分前に知り合ったおじさんと缶チューハイを片手に、亀が水にジャンプするのを今か今かとじっと見つめていた。
展示会場の横には、理髪店「カットたけし」があり、店のウインドウから亀が見えるのだ。名前はカメ子。

街の風景、新しい人を見た時に感じた印象やにおいみたいなもので、自分の遠い記憶の一部にも、同じ感覚になったことがあるものだと気付いた時、私はとてもハッとする。
自分が何らかの過程で失っていたピースが、またはまった瞬間のような感じで嬉しい。
仙川という場所は、ピースをたくさん見つけられる街だった。

展示会場は少し人の賑やかな流れに外れ通学路になっているような道にあり、夕方になると中から照明の光が道を照らしていた。

その中で並んでいる絵は、確かに自分の絵だったが、アトリエの中で見ていたものとはまるで違って見えた。
それぞれの絵は、もう私の一部から切り離され、独自で胸を張って観る人に対局していた。

この不思議な感覚に身を任せていたら、私もなぜ今ここにいるのかという気分になるが、この気持ちを丸く収めてくれる言葉は、縁というものなんだろう。

アートというものが私を、遠くへ移動させ、人と会い、また描くことが今の自分にとって生きている感じがする中心なのだ。
それは、ずっとこれまでそうでありたいと切望していたことだったので、これからも同じだろう。

美しい日がある。
毎日ではないけれど
美しい時間がある。
見れて良かった、会えて良かった。今まで生きてきた証はそれだけ
それを楽しみにまた生きていきたい。
それを描かずにはいられなくなる。