私の絵の中には、身体の一部分、歯茎、植物など、自然で有機的な造形をしたモチーフが登場します。それらは、どんな時代においても私たちの一部であり、太古の歴史、生命の根源と現代に生きる私たちを繋げます。

 

私たちと自然の関係性において私たちは、真実に導く神のように自然に崇高さを求めたり、時に、悪魔のように支配しようとするものとして闘い、また時に、自然の中に、自分を見出し、他の何物でもない私たちの素朴さを想起させます。
しかし、先進性を追い求め続けてきた私たちの目の前に、それらを改めて突きつけられた時、私たちの一部であったはずの物たちは急に装いを変え、これまでとは違うものとして迫りはじめます。それは、普段感じとれないリアリティからもたらされる違和感が湧き起こります。

その鋭い痛みを伴う感覚とも言える違和感は、現代を生きる私たちゆえに持つ感覚であり、時代性を反映した観念的な世界が広がります。


私の絵は単なる心象表現ではありません。

 

性別、国境、宗教、アートという枠を超えて、私はこれらの絵を一つの観念的な世界をただありのままに表現し、また、ささやかに構築するために描きます。私たちは、世界を作り、また作られていく一部なのです。